僕は恥ずかしさのために死にそうです
この言葉は太宰治の革命の書【斜陽】の一文です。
戦争が終わり、一億玉砕から民主主義へ、貴族から庶民へ。戦後に変わる思想や正義。混沌と劇的に変化るする世の中で上手に立ち振る舞うことが出来ず、生きるのが下手糞な人間が変わりゆく(沈みゆく)道徳に戸惑いながらも、人間らしさ、自分らしさとはなにか?変わりゆく日本に飲み込まれずに自分に起こすべき革命とはなにか?
太宰は沈みゆく古い道徳を、日が傾く様子に例えて【斜陽】と表現します。
【斜陽】の時代のあとには必ず昇る陽がある。
華族の誇りを捨て、庶民として強く生きろ。
着物を脱ぎすて、モンペを履け。
飲み込まれるか、順応するか、革命を起こすのかは自分で決めろ。
作品を通じて、太宰は人々の心へ生々しく投げかけます。
時代を表す族と世代
昭和の時代はその世代特性を○○族と称することが多くありました。
太宰が描いた、戦後に没落した上流階級の人々を称した斜陽族。
その斜陽族をもじり、会社の経費で遊興を重ねる会社員を称した社用族。
仕事もせずにパチンコに興じる人々を揶揄した親指族(手打ちパチンコ)。
享楽的で無軌道に行動するワカモノを称した太陽族。
アメリカのファッションに興じたみゆき族。
奇抜な衣装をまとい、路上で自由にダンスを楽しんだ竹の子族。
戦後の高度経済の成長期の中で、自由と奔放を追及し、新しい日本を築いた自信と誇り、ノリと勢いを持っている世代を【団塊の世代】と称すことが多くあります。
戦後数十年にわたり続いた好景気は史上最大の祭りとなるバブル期で絶頂を迎え、バブル崩壊と共にロストジェネレーションと呼ばれる最悪の大不況時代へ突入していきます。
その中心時代を担っていたのが、団塊世代の子供である団塊ジュニア(1971~1974生)、就職氷河期世代(1970~1982生)と呼ばれる人々です。
※筆者もバリバリの団塊ジュニア世代
僕は恥ずかしさのために死にそうです
太宰は【斜陽】の中の登場人物に吐かせたセリフですが、私自身も「恥ずかしくて死にそう」な体験など山のようにしてきました。
一学年上の先輩は、バブル絶頂期にジュリアナ東京に通い、名だたる有名企業へ就職し華々しい社会人生活を送る一方で、わたしの世代は大学を卒業しても職がなく、フリーターで食い繋ぐという奈落へ突き落されました。
スーツで意気揚々と出社をするビジネスマンの傍らを、作業着と自転車でバイト先にむかう姿をご近所さんに目撃されると「恥ずかしくて死にそう」でしたし、バイト先のパチンコ屋の駐車場で汗まみれで雑草を抜いているときに「良く働くね」と常連客から励まされたときも「恥ずかしくて死にそう」だったことは鮮明に覚えています。
勿論、フリーターや草むしりが恥ずべきことではなく、なりたい姿と現実のギャップを受け入れられない、ちっぽけな自分が恥ずかしくて死にたい。バブル崩壊、掃いて捨てるほどいる代替の人材。【斜陽】という時代に、適応する為に相当の時間を有したことは言うまでもありません。
斜陽産業の衰退のトリガーはなにか?
パチンコ業界の【斜陽】については周知の事実です。ではこの【斜陽】はどうして生まれるのか。そのトリガーを引くのはおやゆび族を含む団塊世代の離反にあります。
パチンコからの離反には「金力」「体力」「気力」という三大要素が大きく絡みます。
パチンコの参加率を調べると75歳以上になると年を重ねるごと来店頻度や滞留時間に減少がみられることが分かります。成長期を旺盛に駆け抜けた団塊世代が「金力」や「気力」に欠けることはないでしょう。要因は「体力」です。
パチンコ屋に行きたくても肉体的な理由で行くことが出来ない。特に男性の加齢による筋肉量の低下は目を覆いたくなるものがあります。
2025年問題とはすべての団塊世代が75歳を超え、2030年問題とは80歳を超えるというこの事実を指します。ここ数十年間パチンコ産業を支え続けたおやゆび族から始まる団塊世代の方々については、これより10年間で大量の離反が発生することに疑いの余地はありません。これからパチンコ業界を支えるのは団塊世代から団塊ジュニア世代にバトンを移すことことになります。
交わらない二つの塊
成長期に活かさせた団塊世代
最成長時期に突然はしごを外された団塊ジュニア世代
異なる時代背景が作り出した塊には次のような特性が備わりました。
団塊世代の特徴
① 競争意識・仲間意識の強さ
② 努力は報われる思想
③ 流行に敏感
団塊ジュニア世代の特徴
① 中流思考・自己啓発(自分磨き)
② 頑張らなければリストラ
③ 共感・推し消費
経済成長が10%を上回り続け、格差はあれど報酬は右肩上がり。頑張った分だけ成果につながり、自己肯定感は高まるばかり。
努力は必ず報われる。という概念に代表されるように、どうすれば成果が出るではなく、頑張るから成果が出るというエビデンスのない精神論が現代では「老獪」と嫌われる理由になっていることを勝利の団塊世代は知る由もありません。
勝利のモチベーションを親に持ち、第二次ベビーブームの熾烈な競争を潜り抜けた先にバブル崩壊という団塊ジュニア世代。努力は報われるなどというピュアな感情を持てるはずもありません。経済成長率1%というロストジェネレーション世代は、頑張って現状維持、頑張らなければ切り捨てられるという現実の中で中年になりました。不測の事態に備えて資格とスキルを高め、自己実現の為にではなく、不測の事態に備える為に自分磨きをしてきました。当然、自己肯定など上がるはずもなく、物価の上昇と長期金利の上昇に震えながら過ごす日々はバブル崩壊から寸分も変わりありません。
パチンコはなぜ新台に人が群がるのか。
新台入替は経営をするうえで欠かせない手段です。新台の粗利貢献度は4円パチンコの約25%前後、20円スロットの15%前後あり、特にパチンコの業績向上において欠かせないことが分かります。
一般的に言うと、パチンコの価格設定(粗利設定)は看板機種よりも新台の方が高くなっています。他業種においても新車の値引き率が低く、日がたつにつれて値引き率が大きくなります。その理由は一定額の開発費と部材を回収するまでは投資回収を優先し、その後も収益上がれば長期販売戦略に切り替えるという至極当たり前な経営戦略です。
それではなぜ価格の高い新台がパチンコでより多く売れるのか?
それはパチンコ、スロットを支える世代の特性とリンクしているのではないでしょうか。
シーズリサーチとアミューズメントジャパンの調査によると、パチンコの中心世代は50代~60代以上(団塊~パフル世代)となり、スロットの中心世代は30代~40代(団塊ジュニア~氷河期世代)になります。
俺たちに不可能なことはない。
努力は必ず報われる。
もうお分かりですよね。
業界の粗利を支えているのは、ザ・勝者のメンタリティを持つ団塊世代なのです。
そして今後の【斜陽】を作り出すのも団塊世代です。
牙狼の斜陽とパチンコ業界の斜陽
4号機完全撤去タイミングでパチンコ業績爆上がりの導火線になった機種として初代牙狼は外せないでしょう。
時を経て5号機完全撤去へ向け、パチンコ業績爆上がりの導火線になった機種として牙狼月虹の存在も忘れることはないでしょう。
初代と月虹の大きな差は【天井搭載】です。
現在は天井非搭載タイプと1個賞球の低ベースタイプが覇権を握るパチンコですが、牙狼月虹 (天井搭載機)との決別がパチンコの【斜陽】を早める要因になったのではないかと考えます。
理論武装による失敗回避。
環境に依存せず、自分を磨け。
これからの時代を担う団塊ジュニア以下世代は、不明瞭なものポジティブシンキングで埋める大胆さを持ち合わせず、完全確率×スタート変動という不確かな運命に身を委ねることなど出来ないでしょう。
コロナ過と6号機問題を乗り越え回復し続ける市場はこれから一年間でピークを迎え、団塊世代の離反という新たな【斜陽】の形にはいります。
肉食系女子
「骨つきのチキンなど、私たちがお皿を鳴らさずに骨から肉を切りはなすのに苦心している時、お母さまは、平気でひょいと指先で骨のところをつまんで持ち上げ、お口で骨と肉をはなして澄ましていらっしゃる。そんな野蛮な仕草も、お母さまがなさると、可愛らしいばかりか、へんにエロチックにさえ見えるのだから、さすがにほんものは違ったものである。」
太宰の【斜陽】の中に、最後の本物の貴族と描かれるお母さまという一人の女性を紹介する一文です。
このお母様は、正式礼法に外れ、手でモノをつまむし、スプーンを横に持ってスープを飲むが一音も立てず、一滴もたらさずに美しくお食べになる。あずまやの傍そばの萩はぎのしげみの奥へおはいりになれば「何をしているか」と笑顔で尋ねられ、聞けば立ったままおしっこをしていると言う。けれどもすべてがかわいらしく、貴婦人とはこのような人だと思わせる天爵を持っている。貴族から庶民へ。特権階級が大きく斜陽していく時代においても真の貴婦人には斜陽などない。自分らしく生きろ。古い道徳に縛られずに、新しい時代を楽しむ革命をみせろ。太宰は【斜陽】の中にそのようなメッセージを込めたのではないでしょうか。
先日、ある焼肉店で有名企業を転職し、今では一部上場企業の社長秘書を務めるASAKOという帰国子女と同席をしました。映えを意識した盛り付けの肉を、訓練されたスタッフが1枚1枚説明と共に焼き上げていくスタイルの高級店でしたが、店を出るなりASAKOのフラストレーションは爆発しました。
怒りの矛先はシンシンのコブ締めとカルビと提供ペースです。
なぜ肉のうま味をコブのうま味で狂わすのか。なぜカルビがないのか。焼肉は脂こそ至極。食べたいタイミングで食べたい焼き頃で食べさせろ(笑)
締めのバーでテキーラをあおりながら、ASAKOは言いました。
令嬢であるASAKOは若いころに寿司職人と結婚して子供を授かったが、私は仕事をとって旦那と離婚をし、子供を育て上げた。旦那は今ニューヨークですし屋をやっている。
シングルマザーに負い目を追わせたくなかったので大学も留学も何不自由させることなく体験をさせた。転職はスキルアップの為ではない。転職は収入を上げる為にするものだ。スキルアップなどいつでもどこでも磨くことできる。スキルを活躍させる為の転職は報酬が伴うことは自然の事。
日本にいれば就職氷河期世代であろうASAKOから出てくる言葉は【斜陽】から感じるネガティブさや不安などは感じず、団塊世代特有の根拠なき確信ではなく、裏打ちされた自信によるものがあふれ出ていました。
「きみ、もう一回ゲームしようよ。」
テキーラをかけたジャックポットを楽しみながら、かわいい男の子すきなのよねーとさらにテンションを高める肉食系ASAKOをみて確信しました。
【斜陽】のパチンコ産業を支えるのは帰国子女だと。
夜が更けるころにASAKOがこぼしました。
「実はね、私の人生を狂わしたのはミリオンゴッドなのよね」
すし職人だった旦那。
あれと出会ったのパチンコ店なの。
令嬢として【陽光】の中で過ごした人生と、シングルマザーとしての【斜陽】の中でつかんだ人生。どちらがましな人生かはわからない。
だけど一つだけ断言できることがある。
楽しいのは【斜陽】のなかで切り開く、新しい人生に決まっている。
この記事を書いた人
ノンブル・マーケティング代表
斎藤 晃一 Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する