
直径わずか0.41mmのPEラインが、竿先から風を切って海へと伸びている。
100メートル先の海中で、最初は小刻みに、そして激しく暴れた瞬間、竿が弓なりにしなり、リールのドラグが甲高い悲鳴を上げた。
「ジィィィィィィッ……!」
海の底を目掛けて獲物が突っ込む。岩場に擦り付ければ、このゲームは終わりだと言わんばかりに。
指先にまとわりつく塩気、湿った風、焼けるような日差し。すべてはこの瞬間のために吹き飛んだ。
ここからは一切のミスが許されない。
0.41mm──人間の髪の毛より少し太いだけの、あまりにも頼りない糸一本が、巨大な生命とこちらの存在をつないでいる。
獲物が暴れるたび、リールのモーターから焦げた匂いが立ち上り、鼻腔を抜けて喉にへばり付く。
甲高く唸るリールと同時に、耳の奥では血流の音が響き続ける。
竿の感度が良すぎるせいで、まるで獲物の心臓から吐き出される血流が、自分の心臓に直接流れ込んでくるようだった。
釣り師の日常と、もう一つの戦場
男は普段、コンサルタントとして膨大な数字と向き合っている。
桁の大きな資本移動、数十億の投資判断。精密に組まれたモデルの上で、繊細なバランスを操り、大胆に賭ける。
そのスリルは中毒的だ。
だが──どこかで薄々感じていた。この快適で合理的な日常では、自分が生きていることを忘れてしまう、と。
気づけば、自分の思考をAIに置き換え、意思決定のアルゴリズムを基盤に焼き付けてしまえばもっと効率的に回るんじゃないか──そんなことばかり考えるようになっていた。
生身の自分をデータ化し、意識のコピーを残す。そうすれば、いつか肉体が消えても「思考」は動き続ける。
しかしそれは同時に、人間としての自分の死を意味する。
だから、海へ出る。
東京から下田まで車で4時間、満天の星空の下田港から沖までさらに4時間。
小さな仮眠室に身体を投げ出し、船のエンジン音が頭蓋を揺らし、焼けたガソリンの匂いが鼻腔を刺す。
半ば夢の中で、エンジンの鼓動と自分の心音が重なる。
快適さとは真逆の環境で、ようやく「生きている」という実感を取り戻す。
翌朝、PE6号の糸を結びながら、指先に触れるわずか0.41mmの細さに宿る張力を確かめる。
エサは先ほど釣ったばかりのムロアジを泳がせる。おもりをつけ、ムロアジを海底へ沈める。
小刻みに揺れる命は大きな振動へと変わり、捕食者の影が水底を横切ったことを知らせてくる。
ムロアジと捕食者の命がつながり、見ぬ獲物と私の鼓動がつながる瞬間を待ちながら思う。
「釣りは悪魔の趣味だとは、よく言ったものだ」
夏商戦における潮目の変化
LT3.0が市場に投入され、2カ月が過ぎようとしています。
潮目は変わり、潮流に変化はあるのでしょうか。さっそく主力機種の動向を確認していきましょう。

LT3.0の初陣を飾った炎炎2紅丸と東京リベンジャーズは、鮮度低下と共に客占有率を6%→3%と落としています。
また、1ゲーム連チャンを強みとしたマギアレコードは4%→0.5%へと急降下しています。
既存機としてはエヴァ咆哮が相変わらず堅調。7/7、8/17という、近年で最もファンが集う日にピークアップを果たし、まさに国民的名機のポジションは盤石です。
LT3.0の最も余波を喰らう可能性が高かった東京喰種は次々とライバルをなぎ倒し、客占有率6%と看板機種のポジションをより確実にしています。
暴凶星は若干落としましたが再び存在感が増し、客占有率2%という“いつものポジション”へしっかり回復しつつあります。
好調な既存機の陰で、からくりサーカスが4%→2%へ半減。リゼロ2強欲が2.5%→1.5%へ4割ダウンと、「3000系」と称されるマックス機のグループが市場衰退をしています。
要因は、牙狼12極限の登場です。
悪魔のパチンコ【牙狼12極限】の登場
初代牙狼を凌ぐデッド・オア・アライブ性能。
1500発 or 7500発 × 継続率76%というスペックで、メジャーコンテンツで現行機トップのMY性能を有しています。
その機械性能は5号機時代のミリオンゴッドやハーデスに匹敵し、出玉性能では牙狼12極限が上回る。まさに、神を飛び越えた“悪魔”と言える存在でしょう。
抜群の機械性能を誇る牙狼12極限ですが、市場の評価は未だに定まっていないように感じます。
その一つとして挙げられるのが、中途半端な稼働実績です。
エンタープライズの導入週・時間別客率のSランク基準(私の)は、11時客数が70%以上、19時客数が80%以上。
しかし牙狼は11時が50%、19時が60%と、ナンバリング牙狼の実績と牙狼12極限への期待を大きく下回り、資産価値は新台価格を割り込みます。

その一方で「顧客投資」と「顧客稼働」は東京喰種同等の質の高い数字が並びます。
特に懸念材料となっていた勝率も20%と、一般の機械と同レベルの数字が出ています。
【初期稼働の不安】と【良質な中身】は、その後の稼働率にどのような影響を与えたのか。早速検証していきましょう。

盆商戦明け週と翌週の稼働率の落ち込みは1.5%程度と安定。
同時期に発売された一騎当千、黄門ちゃまよりも低下率は抑えられています。
客占有率の視点でも安定的に5%を維持しており、【初期稼働の不安】は【良質な中身】によって払拭されたという判断が妥当でしょう。
では【初期稼働不良】の原因は何でしょうか。
ズバリ、パチスロ回遊の低さです。東京喰種・炎炎に対してパチスロ流入が35%も低く、初期稼働を形成するに十分な客数が確保できなかったのです。
裏を返せば、パチンコオンリー層がメイン顧客。多くのスロット回遊が見込まれるLT3.0のブルーロック、パチスロ東京リベンジャーズが登場しても、影響は最小限だと推測できます。
牙狼12極限の評価が定まらない理由

その状況を受け、資産価値(中古価格)は大きく上昇しました。
現状の貢献が続けば180万円、衰退率を考慮すれば120万円。仮に1万台程度の増産があり、稼働低下率が早まったとしても新台価格割れはしない──というシミュレーションとなります。
現状相場80万前後はまだ安い。これが市況感の見立てです。
しかし、留意しなければならない点があります。
牙狼12極限を1台導入している店舗の、朝11時の機種別客数推移では、牙狼の客数が伸びない中で東京喰種が安定した客数を貢献しています。

一方、牙狼を18台以上導入した店の朝11時の機種別客数推移では、牙狼がトップ客数となり全体の客数を牽引しています。

粗利データも同様で、低ランク・小規模導入店舗は稼働・粗利ともに貢献せず、高ランク・高稼働店舗ほど業績貢献を示す。
店舗レベルや導入台数に捉われず高く安定した業績貢献をする東京喰種に対し、店舗レベルや顧客層を選ぶ牙狼12極限は、ターゲットが限られるという側面があります。
牙狼12極限の定まらない評価は、牙狼12極限に反応する客が【いる店】と【いない店】の差によるものです。
気をつけなければならないのは、【いる店】と【いない店】の店長の声の重みが平等ではないこと。
【いない店】が市場に与える影響はほとんどなく(小台数の売却程度)、市場はこの声を無視し、ドラスティックに進んでいきます。
牙狼12極限の先にある“フロー”と共に

SNSでは日に日に、7500発の連チャンという射幸性に脳を焼かれたファイターたちの動画が拡散され続けています。
1/437を何度も何度も繰り返した先にある、極限なる至福と絶望を求め「幾度」「幾日」も修行をする様は、さながら7年間で延べ1000日間、毎日約30〜40キロの道のりを歩き、700日目以降の「堂入り」という9日間の断食・断水・不眠不休の行を経て「生き仏」と呼ばれる境地へ導く千日回峰行に挑む僧侶を思い起こさせます。
自己と外界の境界が曖昧になり、牙狼剣と自らの腕の境界がなくなり、7500を引き続けるために、すべての感覚と意識が一点に集中する「フロー状態」に達するのではないでしょうか。
牙狼12極限はトップ店舗において、そして射幸性に焼かれた脳を持つ挑戦者たちの、唯一無二の牙になることでしょう。

神狼報恩(終章)
丹田に竿の根元を押し付け、全体重を乗せて竿を垂直に引き上げる。
グラスファイバーの竿は根元から大きくたわみ、この弾力がなければ海底に飲み込まれるのは私だろう。
ムロアジは既に絶命し、代わりの命が、巨大な心臓が、海底にすべてを巻き込むかのように突進する。
ドラグを締め、再び竿を垂直に引き上げ、落とす瞬間に弛んだ糸を巻き上げる。
時折、ゴツンゴツンと首を振り抵抗を続ける様は間違いない。大型のクエだ。魔界竜リーチほどに信頼度は高い。激熱だ。
昨年手術した網膜剥離の影響で、飛蚊症がちょうど牙狼文字のように視界を彷徨う。
竿を振りかざし、下に落とし、糸を巻き取るターンはまさに牙狼剣だ。
天然のクエはキロ当たり1万円以上。10kgオーバーなら市場価格で20万円、40kgオーバーなら40万円以上の値は付く。
牙狼剣の数ほどに重量アップする様は、牙狼12極限の牙狼剣×3万円相当の景品に近い感覚だ。
隣の釣り人が応援はしているが、嫉妬と焦りに満ちた表情が隠れているのが、あからさまにわかる。
先日、隣の牙狼がコンプリートした際、私がした顔と一緒だ。あの時は皮膚の下の筋肉が焼けるほど悔しかったような気がする。あまりに悔しすぎて、脳が忘却の彼方へ追いやったのだろう。具体的な感情は今では思い出せない。

格闘の末に上がったのは35キロの巨大なクエだ。末端価格は40万円。
一投目を投じてから1時間50分──一撃でコンプリートだ。
筋肉はマヒし、全身に力が入らない。
沸き立つ歓声と、裏に燃え上がる闘志。
「ちょっと休むかい?」
重郎平丸の船長が冷かし半分に声をかけてくる。勿論、瞳には心からの祝福が満ちている。
男がこの船に乗っている理由は、船長の座右の銘に共感したからだ。
「敬天愛海」──天を敬い、海を愛す。
「七生報海」──七たび生まれ変わっても、海の仕事に尽くす。
遥か昔、都心のターミナル駅に初代牙狼専門店をオープンさせたことを思い出す。
スケールもなく、立地も悪い、何をやっても立ち上がらない店は、やがて見事にブレイクした。
人々は朝から晩まで牙狼に熱中し、あくる日もその翌日も牙狼に明け暮れた。
だが初代牙狼の撤去と共にそのビジネスモデルは成立せず、低貸パチンコなどを経て、その店は潰れた。
今は仕事の性質上、費用対効果だ、ROIだ──と理屈を並べ、極端なチャレンジと傷つくことから意図的に避け、リスク分散をしながら平均以上の投資効率でビジネスを安定させる。
そんな自分をROMに焼き付け、本来の自分を基盤に焼き付け、思考をAIに落とし込み、自分を解放するために船に乗っている。
本当に釣りたいのは──本当に牙狼剣を突き刺したいのは──闘志をなくした自分ではないのか。
再び牙狼の専門店を、どこかで開こう
男はそう思う。
その際の店名は「神狼報恩」にしよう。
「神狼報恩」──牙狼の神に感謝し、牙狼で恩返しする
行き過ぎた投資、上がり続けるギャンブル性に対し、人々はステレオタイプに非難をする。
投資──いや、物事を打開するために必要なのは闘志だ。
闘志があれば、負けることはない。
船長が男ら声をかける。
「ミッションコンプリートだ。もう上がっていいだろ」
男は答える。
「挑んでいるのは記録ではない。もう一度、スタートだ」

この記事を書いた人
ノンブル・マーケティング代表
斎藤 晃一 Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する