絶好調の斜陽産業~斜を駆け抜けろ~ -実践主義マーケターからの提言-

下り坂にあるエキサイティング

ダウンヒルバイクで岩場の細いコーナーを駆け抜け、着地点が見えないジャンプ台へ飛び込んでいく。存在するのは爽快感ではなく、アドレナリンで刺激された生存本能のみ。
しかし、コース選択とジャンプのタイミングを間違えれば、瞬く間に空中でバランスを崩し、地面にたたきつけられる。

空中でスローモーションのように時間が止まるのは、痛みを切断する回路が切り替わるまでの時間稼ぎなのでしょう。動かない体の上を、他のライダーのダウンヒルバイクが軽々と飛び越えていくのを空と一緒に眺めていると、分断した神経が徐々に繋がって痛みが全身を襲う。足を引きずりながらバイクを押して麓に戻ると、先ほど空を舞ったライダーが駆け寄ってくれた。

「派手にやりましたね(笑)。俺、無事を見届けたのでもう一本走ってきます!」

車のアクセルを踏むだけで痛む足で高速を走り自宅に戻ると、泥まみれのバイクを水で流し、分解して組上げ、油圧ブレーキのオイル充填を終えて、打撲した脛にシップを貼って自転車のカタログを見ていると、妻は怪訝そうな顔で

「金かけて、壊して、また金かけてバカじゃないの(怒)」

市場再編にあるビジネスチャンス

高速を走り、ゴンドラに乗り、山頂から駆け抜け、高速を走り、自転車屋にたむろし、パーツを磨く。そんな20年以上前の生活を支えてくれた自転車屋も、今はマンションに変わってしまいました。

この15年間で自転車屋は2万軒から1.1万軒まで減少。半数近くが淘汰されています。その破壊的な店舗数減少の陰で、大きく成長をしている企業がサイクルベースあさひです。

決算報告書によれば営業利益は60億円、中期計画では70億円弱の成長を目指すと記され、全国の店舗数は500店舗を超えました。パチンコ業界で最大の店舗数(約400店舗)を有するダイナムの2023年営業利益が64億円ですからサイクルあさひの規模と成長性が分かります。

個人店及び小規模店舗が減少し、大型チェーン店が躍進する構図はパチンコ業界も同じです。下り坂の時代に大きくジャンプする術を、サイクルあさひを例に深堀っていきましょう。

ポジショニングを間違えれば転倒する。

わたしがダウンヒルのジャンプで体勢を崩し、転倒した理由は技術ではなく恐怖です。猛烈な下り坂への恐怖で冷静さを欠いた脳は、迫りくるカーブやジャンプになすすべなく転倒する。
下り坂の恐怖に打ち勝ち、次の障害に備え、ライバルを抜き去るには、未来のイメージと勝利のシナリオ、そしてそれを実現する技術が必要なことは言うまでもありません。

店舗淘汰時代に大いなる成長を成し遂げ、ライバルを抜き去ったサイクルあさひはどのような未来を描き、ライバルとの差はどこで開いたのでしょうか。

サイクルあさひの売上構成と世間の売上構成で大きく異なるのは電動アシスト自転車の売上比率です。全国平均が12%に対して、サイクルあさひは26%もの比率を誇ります。
また電動アシスト自転車市場の成長率は全国平均で105%~110%の伸び率に対して、サイクルあさひでは110%~125%の成長を実現しています。

ドラッカーは≪事業はポジショニングで収益が決定される≫と定義したように、拡大する大きな市場で影響力を高めることは、業界内のポジションを引上げることに直結します。
電動アシスト自転車の市場規模は以後5年間で二倍に達するという試算もあり、まさしく拡大する大きな市場です。サイクルあさひが今後五年間、現状の成長をした場合、電動アシスト自転車部門の売上は現状の2.5倍に、10年間後には現状の5倍に達して総売上は現状の二倍を超す成長が見込まれることになります。そうなると総店舗数は1000店舗、業界シェアは15%を優に超える一大勢力になると予想できます。

反面、サイクルあさひの売上比率が低いカテゴリがスポーツ車です。
顧客単価が非常に高いスポーツ車はニッチかつ専門的な知識とその道のマイスターというブランディングが不可欠です。電動アシスト自転車販売店とは求められるサービス、技量、クオリティが全く異なります。
顧客の困りごとも大きく異なり、電動付きアシスト自転車の困りごとは「利便性」ですが、スポーツ車における困りごとは「自己実現」です。

サイクルあさひのエリア戦略がより広く(全国展開)、より多くの(利便性を求める層)とするならば、スポーツ車専門店の戦略はより深く(個別欲求)、より狭く(世界に一台のバリュー)応える戦略です。

マニアックな自転車バカがサイクルあさひをバカにするほどに、サイクルあさひは多くのファンに応える店へと成長を遂げる。顧客ターゲットを分け合えば、競争はおきない。相田みつをの言葉でもある「分け合えば余る」の典型的な事例でしょう。

分け合えばあまる?(自転車屋編)

自転車のポジショニング(カッコ内はパチンコの事例)
①トレンドと安心・・・ターゲットは主婦と子供(トレンドと充実低貸の総合店舗)
②趣味性とライフスタイル・・・スポーツ車と熱狂的ファン(射幸性中心店やスロット専門店など)
③コスパと利便性・・・一般車とパンク修理とご近所客(古くからの地域密着店)

市場縮小と店舗再編の憂き目にあっているのは自転車業界もパチンコ業界も③であることは間違いないでしょう。収益率の低い汎用品とパンク修理では設備投資も出来ないし、必要経費をパンク修理に上乗せすればボッタクリ店と揶揄される。駄菓子屋が令和の時代に通用しにくいように、薄利多売と市場独占が出来ない低収益率店舗存続の難しさを示しています。③のビジネスモデルはECサイトの最大大手cyma(サイマ)のようなビジネスモデルに取って代られ、日々のメンテナンスは①サイクルあさひやダイシャリンのような有名大手チェーンが担当し、②の趣味性は専門ショップが高品質のサービスを提供する。

先見性の高い個人店は電動付き自転車専門店やe-bike専門店として活路を開いています。
しかし、マーケティングリサーチやターゲティング、ポジショニングとは縁遠い店の衰退は必然と言わざるを得ません。

パチンコ業界のポジショニング

先見の明と商才がなければ経営者にはなれないのか。
0から1を作るカリスマ創業者を目指さない限り、必要はありません。

マネジメントに必要なことは、的確な現状認識と未来予測。その見通しの中で自社の強みが輝けるポジショニングと勝利のシナリオづくりです。

ある25万人都市の事例を活用しながら、業界の≪今≫と≪ポジショニング≫について考察を深めましょう。

概要を簡単に説明すると、25万人商圏に11店舗が存在していますが、大きく収益を出している店舗は上位2店舗程度。下位の50%は経営成立が困難な状態です。パレートの法則(2:8の法則)の通り、上位の20%が全体の80%の収益を構成している状態です。

注目すべきは25万人商圏で毎月5.4億円近くの粗利が捻出されているのに、上位店舗しか儲かっていない≪今≫です。

大事なことなので繰り返します。5.4億円の粗利というのは30億円の売上から構成され、30億円の売上は約3万人のファンから構成されています。
それだけ多くのファンの期待と余暇ニーズを頂きながら、多くの店舗が不採算である。
どれだけ経営センスがないのか。嘲笑されかねない事態が全国津々浦々で起きているのが≪今≫なのです

パレートの法則に沈む不採算店舗

業績不振の要因は同質化です。各店舗の業績を分解した図表を掲示しましょう。

多くの店舗が4円パチンコ、低貸パチンコ、20円スロット、低貸スロットが程よく設置され、同じような粗利構成比となっています。
スロットの粗利構成が大きく見えますが、全国的にもスロットが成長拡大であることからこれも全国と同質化していると言えるでしょう。

不採算の下位店舗は、近年大幅に店舗数を減らした近所の自転車屋そのものです。
地域密着を掲げ、昔ながらの駄菓子屋商法で低貸パチンコや薄利営業を実施し、顧客を増やせば経営は改善されるという古典的な家訓に則り、純真に店舗再編の潮流に飲み込まれていく様は情緒的であり、座して待つ者の覚悟すら感じさせます。

パレートの法則に沈む不採算店舗の同質化現象は、【商圏ポテンシャルが高く、競争環境が緩やか】であったエリアほどに強まる特徴があります。ソコソコの営業でソコソコ儲かっていた。大阪弁で言う 「ぼちぼちでんな」という状況です。

蛙化現象もとい、ゆでガエル化現象

蛙化現象とは、100年の恋が一瞬の些細な出来事で覚めてしまうというZ世代で流行している言葉です。商売不振が蛙化現象で起きているならばそれは改善の余地は困難かもしれません。昨日までの強みが、突如として弱みに変わってしまうのです。

しかし、繫盛店が蛙化現象で一夜にして不振店舗になることはありません。繁盛店が不振店になる過程は蛙化現象ではなく、ゆでガエル化現象です。

※引用元 グロービス学び放題

「ぼちぼち」の市場だからこそ経営悪化が緩やかに発生し、変わりゆく時代に対してポジションニングや備えが遅れ、気づいたときには身動きが取れなくなっている。居心地のいいぬるま湯につかっている間に、体力は消耗し、頭は働かず、茹で上がるのを待つ。
適度に良質な市場ほど、ゆでガエル現象化しやすくなることは留意すべきポイントです。

ぬるま湯から飛びぬけろ

ではパレートの法則のレッドオーシャンと意味のない同質化から抜け出す。すなわち、上位グループの利益独占を防ぎ、持続性のある競争力を得る方法はないのでしょうか。

戦略の原則を整理しましょう。

戦場は勝てる市場かつ儲かる市場を選択することです。
戦力は兵力の数ではなく、強みの数で決まります。
戦力の逐次投入は愚策であり、選択と集中で優勢をつくります。
勝ち負けは定石で開戦し、奇策で決します。

将は何をするのか?を考えるのではなく、なにをしないか?を考えるのです。
未来に繋がらない、定石や経験や過去実績を守るうちにゆでガエルになってしまうのです。

例えば不採算店Gはパチンコを捨て、大型スロ専の場所を選択します。
例えば不採算店Hは通常貸しを捨て、大型低貸店の場所を選択します。
例えば不採算店Iは低貸しを捨て、通常貸店の場所を選択します。
例えば不採算店Jは新台を捨て、個客密着店の場所を選択します。

ターゲットを絞り、提供価値を集中することで新規集客をする。
この妄想を数値で表現すると下記のようになります。

下位店舗の価値が向上することで地域のパチンコファンの増客に繋がり、営業利益が月額4,000万円増加し、不採算店舗が消滅する。

下位グループの同質化により進行する経営の疲弊と上位店舗との価値格差。
不毛な奪い合うことを捨て、分け合うことで生まれる利益。
なんと素晴らしい響でしょう。

下り坂でしか楽しめないエキサイティング

最高益へひたすら続く上り坂を、隊列乱さず走り続ける成長期には≪ポジショニング≫や≪差別化≫などは必要ありません。
ここ5年間で35%の店舗が淘汰された大きな下り坂だからこそ、恐怖と向き合い、未来に備え、大きくジャンプする必要があるのです。

先ほどの事例では下位5店舗で年間6億円、10年間で60億円程の収益改善が見込めました。

ですが、現実は明かりの見えない減収減益の下り坂を駆け抜けている最中です。
経営母体や理念が異なる競合企業同士が、志を共に分け合う姿勢で市場再編を試みることは非常に困難でしょう。

しかし可能性はあります。

第三者が経営赤字の下位5店舗を○○億円で譲りうけ、ドミナント戦略を展開して10年間で60億円程の収益を上げる。少なくとも年利10%以上の収益とファン人口を増やせばいいのです。

この先が見えず、恐怖に支配された下り坂でこそ発動できる≪町ごと再編スキーム≫は全国多くのエリアで活用が可能です。

一兆円の投資で二兆円儲ける。そんなエキサイティングな下り坂を超スピードで駆け大ジャンプを決めたいスポンサー様とパイロット。

わたしと共にアドレナリン燃やしませんか。
次こそはジャンプ、決めてみせますから(笑)

この記事を書いた人

ノンブル・マーケティング代表
  斎藤 晃一  Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する