遠方から宿泊客を呼び込むのではなく、地元の人たちに過ごしてもらう「コミュニティホテル」という発想で、経営不振に陥ったホテルの事業再生をさせる、ホロニックという会社があります。同社が描く「コミュニティ提供ビジネス」は、今の時代、非常に参考になると思います。
時代が変われば様々なことが変化します。人口動態や移動手段、あるいはスマホの普及に伴う情報収集や購買動向……それに伴って、ビジネスの在り方も大きく変化してきました。
ビジネスを行う上での「地理的」、あるいは「立地的」な条件も変わってきます。例えば、駅前の空洞化の象徴として「百貨店」の撤退ラッシュが以前からフォーカスされてきました。国内の高額品購入層の減少やECサイトの拡大などもありますが、そもそも「駅前」という場所が中心市街地ではなくなってしまった、つまり消費の場所としての力が弱くなってしまったことが大きな要因です。交通の発達によって、「昔は一大観光地だった」ような場所が廃れている事例も、やはり時代の変化を表していると言えます。
リアル店舗の「立地」は変えることができませんから、同じ業態で生き残ろうとしたら、やはり提供価値を変える、今の時代にアジャストさせる以外はありません。そういった点で、私が過去に話を伺った「コミュニティホテル」が参考になるのではないかと思います。
不振に陥ったホテルを再生
神戸市に本社を置くホロニックは、ホテルやレストランをはじめ、不振に陥った施設の再生事業を手がけています。創業したのは1998年。当初はブライダルを主事業としていましたが、2005年に神戸市のホテルを買収して『ホテルセトレ』を開業しました。
当時、いわゆる「地域ホテル」と呼ばれる物件の再生案件が数多く出始めていたそうです。行政や地元の土地持ちが事業計画主体のホテルで、そうした「地域ホテル」の多くは、周辺に観光資源がなく、ビジネスマンが出張で訪れる場所でもない。もちろん「ホテルセトレ」も例外ではありませんでした。
ホテルの宿泊客を増やす場合、一般的に遠方からの宿泊客を増やすための販促や営業に力を入れます。ですが、「ホテルセトレ」はわずか20部屋。宿泊客を増やすために東京まで営業に出向いたり、販促に力を入れるのはコストも時間的な手間も効果的ではありません。
そこで考えたのが「地域の人に泊まってもらう」ということでした。日帰りできる場所に住んでいる人でも「泊まりたい場所にする」。そうした魅力を感じてもらうためにコミュニティの要素を打ち出していこうという発想だったと言います。
ホロニックの長田代表がイメージする「コミュニティ」とは、同じ目的や価値観をベースとしたつながりでした。
「町内会とかお隣さん同士との付き合いが少なくなったと言われています。必要以上に干渉されたくない、煩わしいという思いもあるでしょうが、そうかといって人との「つながり」を全く求めていないわけではない。『つながり』のきっかけを提供することは、社会的なニーズがあるはずだし、ビジネスにもなるだろうと考えたわけです。私がイメージする『コミュニティ』とは同じや趣味や価値観、目的を共有できる仲間たちということ。つながりを作る機能を有したホテルがコミュニティホテル。当社はホテルという手段を通してコミュニティ作りをしていく会社で、ホテルはあくまでプラットフォームに過ぎないのです」
一方で、現代はフェイスブックなどのSNSで簡単につながりを作れる。これについて長田代表は「つながりやすいということは離れやすいということでもあるので、ネットで本当の『絆』や『共感』というものは生まれにくい。私たちはフェイストゥフェイスで触れ合える機会や場を提供できる」と述べ、これこそが「リアルな場」を有している優位性だと説明します。
継続可能なビジネスは安売り・特典ではない
そもそも、なぜホロニックではコミュニティが重要だと考えたのでしょうか。長田代表の考えはこうです。
「集客のために値引きをしたり特典を与えたりすると、一時的には来てもらえるのですが、長続きしません。むしろ、競合他社との消耗戦で苦しくなっていくだけなのです。それを繰り返していくより『あそこに行けば誰々さんに会える』とか『あそこに行けばこんな情報がある』とか、そういう理由で来てもらったほうが商売として楽ですし、お客様の立場としても魅力的だろうなと思ったからです」
こうした客同士のつながりを作るために実施しているのが、イベントや教室でした。イタリア料理の教室であれば、参加者はイタリアに興味を持っていたり、ワイン好きだったり、海外旅行に興味があったりと、ある程度価値観や趣味が似ている人たちが集まります。集まった参加者同士が親交を深められるような場にしていくのは従業員の役割だそうです。
従業員は幹事役、お世話役といった役割を担い、あくまで主役はお客様。ポイントは「客自身が決定した、参画したという自己決定の感覚」を持ってもらうこと。そうすることで「自分たちが関わっているホテル」という愛着をもってもらえるのだと言います。
「たとえば、レストランでこんな料理を作ってみようと思っているんですが、皆さんはどのような料理が食べたいですかと聞くと、『こんな料理が食べたい』と意見を挙げてくれるわけです。自分が開発した料理がレストランで出ているとなったら、提案をした人たちは友達や家族を連れてきてくれるようになります。スタッフとお客様の関係も重要ですが、スタッフのことを評価してもらうだけでは広がりが少ない。お客さん同士でつながっていくのが理想的です」
地域との共生に向けた取り組み
ホテル内でのイベント企画にとどまらず、「地域との共生」に向けた新しい活動もしていました。例えば、料理長が地元の牧場に行って生産者との対話を通じて素材の見極めをしつつ、絆を深め、こだわりの地元食材としてメニューに並べたり、地元の伝統産品でオリジナルのアメニティを作るといったことです。
長田代表はパチンコホールについてもアドバイスをくれました。
「アメリカのゴルフ場では、クラブハウスはゴルフをやる人だけではなく、地域の人が集まる場所です。日本のクラブハウスはゴルフをやらない人はまず来ません。日本の場合はゴルフ場の数も少ないですし、歩いて行ける距離にあるという地域は少ないでしょうから、パチンコホールのような身近な施設がクラブハウスのような役割を果たせれば、もっと存在意義や存在価値が出てくるのではないかと思います」
※ 過去の取材当時に答えてくれた内容を編集しました