一瞬でお店は倒産してしまう -実践主義マーケターからの提言-

わたしには豊富な体験に裏打ちされた特技があります。朝目覚めた際、顔を埋め、肌に触れる感触と頬を押し返す柔らかさを確かめながら、今日の目覚めはどこなのかを思い浮かべることです。

このやわらかく包み込む感触は○○だ。
この鼻の奥にわずかに残る香りは○○だ。
この筋肉質な固さと敏感さは○○だ。

読者の皆様、おはようございます。
お目覚めはいかがですか。
ノンブル・マーケティングの齊藤です。

私の特技の正解は、朝起きた瞬間にベットに顔を押し付け、スプリングの固さとシーツの触感と柔軟剤の匂いで泊っているホテルを当てる!です。
月に20泊を10年間繰り返すことにより蓄積された経験は、半醒半夢の状態でも的確に居住地と滞在ホテルを導き出すという能力をわたしに授けました。

期待通りだったでしょうか(笑)

いつものホテル、いつもの朝

先日泊ったホテルでの出来事です。
ホテルに入る直前に、「朝バイキングやっています」というノボリがはためています。

コロナ禍においても朝食バイキングを継続していたことは知っていたので、単なる告知でないだろうと想像をしました。
さては、コロナ禍による減客により食材原価を落とさざるを得ない状況から脱却し、提供価値がグレードアップしたに違いない。あの細く貧弱な肉棒に皮を被せてあるだけのウインナーはあまりにもひどかったから・・・

翌日、気分高らかに朝食会場に出向くと、さらに原価が下がった感のある安い味を極み尽くしたカレールー。スモークの香りを一切感じさせない皮かぶりウインナー。
そしてよく見ると怪しい造形が施され、その造形から延びる一本の縮れているような毛。さすがに百戦錬磨の私でも食することはできずに、そのままの形で放置をしましたが、この真意をホテル側が感じ取ってくれるのか。

ふざけた客のせいで廃棄ロスが増えて食材原価抑制が出来ないじゃないか、と思うのか。

「焼きたてのウインナーができ上がりました」とトーンの高いかわいらしい女性の声が。ふと振り向くと、声のトーンとは似つかない白髪のおばさんがウインナーを盛りつけしています。
そしてあの縮れ毛は、おばさんではない・・・

サイレントクレーマーのわたしはそっと退店すると「ありがとうござしました」と再びトーンの高いかわいらしい声が。ふと振り返ると、やはり白髪のおばさんがテーブルを整備しています。

私は思います。わたしは何を期待しているのだ・・・

決定的瞬間とはなにか

前記の一件も、「朝バイキングやっています!」というノボリがなければ生まれなかった不満という点が注意すべき点です。

ノボリ
 ⇒顧客の期待値アップ
 ⇒興味関心
 ⇒普段以上の観察
 ⇒いつものサービスとの比較
 ⇒奇妙な造形と縮れ毛発見
 ⇒体験の拡散
 ⇒個人の体験の不特定多数による共有
 ⇒サービス店の特定
 ⇒炎上
 ⇒風評被害とブランディング低下
 ⇒顧客離反と業績低下
 ⇒バッシングによる従業員満足度の低下と離職
 ⇒サービスの提供不能
 ⇒店舗運営できず倒産

些細なことが大きな事態を引き起こすことは少なくありません。

顧客が企業のイメージを決める決定的な瞬間について、慢性的な赤字に悩むスカンジナビア航空を一年で立て直したCEOヤン・カールソンは「真実の瞬間」という著書の中でこう記しています。

お客様は、その企業に接する瞬間(ほんの短い時間)で、その企業のサービス全体に対する良し悪しを評価してしまう。

当時、コストカットモチベーションの低下に疲弊するスタッフ一人一人にスタッフの重要度と顧客の為に果たすべく責任を説いて回り、顧客と企業の関係性を良好なものにしていきます。
私たちは仕事を通して「顧客にどのような体験を作り、どのような感情を残せたのか?」常にそれを意識し、日々の仕事を磨き上げ、顧客サービスの質を高める際にMOTサイクルというツールが役に立ちます。

顧客とスタッフ(店)が触れる短い時間にどのようなサービスを展開するべきなのか。
一つ一つの場面を想定し、その場面で顧客が求めているものは何か?私たちが確実に正確に提供しなければならないサービスはなにか?かつ、顧客の最低限の期待を超えるサービスは提供できないか?

顧客が店舗(企業に)触れる入口から出口まで、顧客接点を整理し改善する。

現在では【カスタマージャニーマップ】や【カスタマーエクスペリエンスマップ】と称される、顧客体験価値を高めるツールの原点がヤン・カールソンの「真実の瞬間」にあり、MOT(モーメント・オブ・トゥルース=決定的瞬間)サイクルとなります。

是非、自店舗を顧客視点で体感していただき、今の姿とあるべき姿を比較しながら課題や改善を考えてみてください。

縮れ毛ウインナー後に起きた体験をMOTで振り返る

エレベーターを降りるとそこには清掃ワゴンがエレベーターのドアを塞ぐように置いてあり行く手を阻む。
廊下の横にはすでにチェックアウトが終わった部屋のリネンが丸めて山積み。
チェックアウトの際には一機しかないエレベーターが時間をかけて到着すると中から清掃パート降りてきて、「あらやだ、ここじゃなかった、わたし六階」といって再び乗り込み、途中下車でさらにロスタイム。
チェックアウト時にカードキーをボックス返却する際に、受付カウンター内からスタッフ三名でお見送り(笑)
やるべきことは食材原価を切り詰め、収益状況を改善するのではなく、MOTサイクルをきちんと回し、増客をすることであることは間違いありません。

退店時に、「朝バイキングやっています」というノボリに食いしん坊な期待を抱いた私を送り出すかのように、たなびいています。
いやもしかしたら、次回来店時には「MOTサイクル始めました」というノボリに変わっているかもしれない。
そうすればきっと・・・

期待しなければ裏切られない。理解はしていますが、つくづく人間は期待をする生き物だと実感する瞬間です。裏切られることを前提の思考ではきっと人類は子孫を残すことはできませんから。

次回はクリスマスも近いので、少し変わった愛の話できればなと思っています。

この記事を書いた人

ノンブル・マーケティング代表
  斎藤 晃一  Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する