食べ残しのパン
摩周湖近くのペンションに泊まった時のことです。女性オーナーと旦那様のお二人が家族を招き入れるように、やさしい人柄が隅々まで溢れたお宿でした。
焼きたてのパンの香りが食堂を包み、美味しく朝食を頂いたのですが、私が一つの齧りかけのパンを残しているのを見てパートナーが声を掛けました。
「食べないならば私がもらうけど」
そしてパンに織り込まれた髪の毛を見せました。
「あー、そういうことか。言って交換してもらえばいいじゃない」
しかし、わたしはそのまま席を立ちました。故意ではないことは分かっていますし、素敵なサービスを提供している姿勢に水を差したくなかったのです。
チェックアウトの際に、女性オーナーが紙袋を渡してくれました。
「パンに髪の毛が入ってしまい、本当に申し訳ありませんでした」
袋の中には焼いたばかりのパンが数個、摩周湖への道中の車内を優しい香りで満たしていました。
離席理由を突き詰めているか
食べ残しのパンをみて、業務的に片づけるか、残されたことに不満を感じるか、残した理由を考えるか。女性オーナーは、なぜ食べ残しをしたのか?を考えたに違いありません。
食事量が多かったのか?その他の料理の食べ方、体格をみればそうではないでしょう。小麦アレルギーなのか?齧っている時点でそれも違うでしょう。好みの味ではなかったのか?美味しいという会話を考えればそれも違う。ではなぜ残したのか?
理由を探し続ければ、パンに髪の毛が練りこまれたものに気づくのは容易でしょう。
対処として、値引きや割引券といった安易な対応ではなく、相手の状況(おなか減っていないか?後味が悪かったのではないか?本当はクレームをあげたいのではないか)と寄り添い、新しいパンを焼き上げ持たせるという家庭的な最善の対応をしたことに感動をしたものです。
パチンコ店においても折角来店し、遊技を始めた顧客が途中で席を立ってしまった場合、どのような対応をとっているでしょうか。大型店では月間3000万程度かけ、新規客獲得と既存客の満足のために新台入替等の投資を行っています。さらに来店した顧客の投資意欲を高めるための、店内販促や機械販促、スタッフによるセールスプロモーションを実行しています。
遊技台に客を着席させるために、相当の人・モノ・カネ・時間をかけているのに対して、遊技台から離席した顧客へ対応はどうでしょう。
客数とは【新規―離反】と定義できます。新規をとる努力も、顧客を離さない努力も同じ効果を発揮しますが、新規顧客を獲得した際には表彰されるが、既存顧客を維持したことを表彰している企業は稀だと思います。本当にもったいないことです。
このような仕組み(新規獲得の表彰に偏重)を続ければ、顧客をつなぎとめる行為よりも新規獲得をすることに熱心になり、せっかく獲得した顧客がおざなりにされ離反するという悪循環に陥ります。
話をパチンコに戻しましょう。顧客が遊技をやめる理由は、金銭的な理由(資金が尽きた。予算に達した)、環境的な理由(隣客が乱暴、熱い寒い、汚い、臭い)、物理的な理由(玉飛びが安定しない。椅子がグラつく)、品質の不満(面白くない。回らない)などいくつか浮かびます。
顧客が席を離れる度に、どのような不満があったのか。多くの顧客はサイレントクレーマーとなり無言で店から消えていきます。この顧客の声に出さない(しない)声と寄り添うことが出来れば、未来は変わる可能性に溢れています。
離反に向き合えない理由。それは人間の性だとも言えます。それは自己肯定バイアスや生存バイアスと表現されることもあります。
【私の選択は常に正しい】と思いこみたい。
【都合の良い結果】にフォーカスし成果の中から課題抽出をしたい。
見たくないものは見ない。
聞きたくない言葉は聞かない。
それが人間らしいとも言えます。
離反する理由=至らない点と向き合うことになります。
非を認め、己を律し、相手と向き合う。
摩周湖の女性オーナーに感動したのは焼たてパンのお土産ではなく、食べ残しのパンと真摯に向き合う姿勢と、髪の毛が混入したパンを提供してしまった事実と向き合った誠実さであることは言うまでもありません。
人間が逃げる生き物だと勘づいているからこそ、真摯な対応にドキっとしてしまいます。
私たちの業界では提供品質を数値管理することがよくあります。
例えば、顧客反応が悪くなるスタート値と良くなるスタート値を指標化し、ツボスタートという造語を作り出したりします。
造語と指標は、誰もが業績を上げられそうな魔法のような効果を発揮するため、わたしも良く使用します。もちろん、プラシーボ効果を狙ってですが(笑)
ツボスタートが本当に顧客の消費意欲のツボを押し、効力を発揮できるかは、全国データが右肩に上がりになっていない点で察しはつきます。そんな魔法などはありません。同様に玉粗利を下げれば稼働が上がり、玉粗利を高めれば稼働が下がるという魔法にかけられている人々も多いのですが、それは自己催眠です。
※現実は玉粗利を下げても多くのケースで稼働が上がりません。玉利を下げても顧客の消費を引出す価値の創造ができないケースが散見されます。
しかし、スタート指標と顧客反応の相関はなぜ起きるのか?
この議論はチームで、仲間で、積極的にするべきです。
個人的にはS50とS51の違いを察し、遊技を続行するか否かの判断を下したことなど30年間で一度もありません。ですが、千円で10回も回らず、さらに千円入れても8回しか回らなかったときに「潰れてしまえ」と心の中で暴言を吐き、席を立ったことは何度もあります。
このときに「どうして席をお立ちになられたのですか?」と質問をされれば、ホワイトボードに図解をし、短期的業績の追求がどれだけの長期的な利益の逸失につながるかを小一時間説明した後に、質問の真摯さに恋をするところでした♡
曖昧な指標には真実はない
成果をもたらすプロセスを整理します。
企画⇒顧客体験⇒顧客感情⇒顧客行動⇒成果
指標とは顧客行動というプロセスをモニターするに不可欠な数字です。ツボスタート50は顧客のマイナスな行動が統計的に見られた。ツボスタート54は顧客の好意的な行動が統計的に見られた。だからマイナスの指標を避けて、プラスの指標を目指そう。とても合理的です。
ですがマーケティングは異なります。
私は期待とスリルでドキドキしながら新しい店で大切な1000円を投資した。最初の1000円では10回しか回らず、延々と初期画面を見せられた。次の1000円では8回しか回らずに、初期画面のガラス越しに仏頂面の私が映った。いつもの店では倍は遊べたと思うと腹立たしくなり、店ぐるみの壮大な詐欺にあった気がし、大々的なプロモーションに踊らされた浅はかさを恥じた。
その台はその後、ある顧客に爆連し、閉店後のデータでは目指すべきツボスタートと放出も記録されていた。店長は、明日に続く営業だ!という希望を胸に踊らせた。
しばらくして社長が最新のホールコンを入れれば儲かるというから投資をしたが、どうも詐欺にあったようだ。それぞれを清算してやろう。
やがてそのホールは地域から清算されることに・・・
少し話を盛っていますが、指標とはその程度のものです。管理としては必要ですが、成果を出すツールとしては十分ではありません。成果を導く指標にするならば、平均値スタートのみならず、中央値スタート、スタートの分散値、顧客失望1000円スタート体験回数、失望スタート比率、それによる離席回数を表示すれば顧客視点の分析も可能になるでしょう。ホールコンとして技術的な問題点などないはずです。
しかし、これは売れないでしょうね。
マネジメントする側の至らない点が山盛りで数字に表れてしまうのですから(笑)
と同時にこのようなコンサルタントも売れないでしょうね。ムカつきますから。
具体的かつ生々しい体験より、ツボスタートという魔法のビビディ・バビディ・ブー!!!のほうがFANTASYにあふれています。
霧の摩周湖
余談になりますが、私が焼きたてパンを頬張りながら、摩周湖を訪れた時は快晴で霧一つありませんでした。
霧の摩周湖を見に来て、霧がない。
これは貴重な体験なのか?
運がないのか?
摩周湖にはこのような迷信があります。
晴れた摩周湖を見ると婚期が遅れる。
霧の摩周湖を見たカップルは長く続く。
霧の摩周湖をみると金持ちになり、晴れの摩周湖だと貧乏になる。
これも根拠のない指標ですね。
ようし、この迷信にエビデンスをつけてみましょう。
観光シーズンである5月~10月の霧がない確率は100日/180日で55%だそうです。
そして一日中霧に覆われる日は25日/180日で14%だそうです。
では迷信は本当なのでしょうか?
晴れた摩周湖を見ると婚期が遅れる。
女性の結婚の平均値は29歳ですが、中央値は26歳です。
若いころに時間とコストのかかる北海道の摩周湖までデートに出かけるのは中々ないでしょうから、余裕のある大人デートとなれば結婚の中央値である26歳は過ぎるのではないでしょうか。
中央値が26歳で平均値が29歳ということは、中央値を過ぎるとどんどんと晩婚化の傾向があるということになります。この晩婚化の要因としては女性の給与水準の向上、社会的立場の向上などが大きく寄与していると言われています。
それらを統合していけば、55%の晴れの摩周湖を訪れた人が晩婚になるのではなく、摩周湖でデートを楽しむ多くの人が早婚を選択していないのが真実のように思えます。
では、晴れの摩周湖だと貧乏になる。はどうでしょう。
世帯収入が900万円以上の比率は17%程度ですから霧の摩周湖の発生比率と近い数字です。
例えば霧の摩周湖に出会うために、数日にわたりアタックできるような人々は、余裕がある層である可能性は高いと思います。
この仮説は全て後付けの数値で、統計の遊びです。
本当はスピリチュアルななにかが作用し、必然的にそうなっているかもしれませんが、わたしのような凡人には知る由もありません。
ですが、霧の摩周湖という神秘性と魔法のナンバーによって、【私たちは結ばれる!】【私たちは裕福になれる!】とポジティブ思考が生まれ、人生を変えるキッカケになるならば素晴らしいコトです。
わたしは【朝食で髪の毛入りのパンに当たり、晴れの摩周湖で晩婚と貧乏が確定する】という散々な体験をしましたが、それでも生きています。
指標や迷信に惑わされることなく、良質な実体験の積み重ねこそが成果を作るのです!
マーケティングは帳票管理でも指標管理でもなく体験のマネジメントです!
失敗と向き合うことから成果は生まれるのです!
それでも不安な時にはおまじないをかけてください。
業績向上の魔法の言葉です。ビビディ・バビディ・ブー。
この記事を書いた人
ノンブル・マーケティング代表
斎藤 晃一 Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する