おまえは誰だ -実践主義マーケターからの提言-

早朝の、カオスに満ちあふれた公園が好きだ。

大きな幹の木に手のひらをかざし、円を描くように周回する赤いTシャツの男。
岩に向かい、ひたすら手を合わせる中年の女性。ランニングシャツの男は、両手にダンベルを掲げ、万歳の姿勢のまま階段を上り下りしている。

広場では、待ちきれない者たちが持参したラジカセで音楽を流し、「フライング体操」を始めている。公園の端のベンチでは東南アジア系の若者たちが缶チューハイの空き缶を並べ、次第に強まる日差しよりもまぶしい目で、何かを語り合っている。
時間つぶしに徘徊する老人が、若者たちのエネルギーを吸いに近づくが、白内障の目にはあまりに眩しすぎて、思わず一歩退く。

6時30分のラジオ体操が、朝の公園のピークだ。
中央の塔──いくつかの滑り台を従えた、子供たちのバベル──を中心に、人々は放射状に集まり、まるでその塔に神が宿るかのように視線を集中させる。
姿勢を正し、身体を揺らす。ラジオから流れる音楽にではなく、何かもっと大きな律動に合わせるように。

その隣の空き地では、白く長い髭を揺らす太極剣の師範が、静かに剣を構える。
その周囲には、「私たちの神は師範ただ一人」とでも言いたげな白髪交じりの女性たち。
彼女たちは竹の棒や雨傘を剣に見立て、師範の動きを一心に真似る。
誰一人、冗談めかすこともなく、ただ神聖な模倣に身を委ねている。
ノイズキャンセリングのヘッドホンと目元まで隠れる深めのキャップをかぶり、ただ一人黙々と走る私もまた――
彼らからすれば、きっと思われているに違いない。

おまえは誰だ。
おまえの信じる神は誰だ。

ターゲッティングと価値提供

観察、分析、洞察

マーケティングをするうえでとても重要なスキルです。
序文は私のいつものルーティーンである朝のジョギングで見ている世界を観察、分析、洞察の順でストーリーにしたものです。
マーケターに必要なのは素晴らしい能力よりも、ストーリーテリング力だと私は思っています。ストーリーテリング力とは、事実を物語へと変換し、“伝わる形”で人に届ける力です。事実をそのまま伝える会議や報告が人を惹きつけないのは≪面白くない≫からです。面白いとは笑いがあるだけではないし、話す技術だけでもありません。

良い報告とは表層をなぞるのではなく、
「観察」で現実を捉え、
「分析」で構造を見抜き、
「洞察」でその奥にある真実に触れることなのです。

目で拾い、頭で組み、心で気づく。そこから物語は始まるのです。

では関東郊外における市場変動事例を使い、観察、分析、洞察の練習をしてみましょう。

上記の表では、低貸パチンコ・低貸パチスロ市場が急速に拡大し、半年間で収束したうえに、以前よりも減客するという記録が残されています。

~観察~

4月に新規参入した店舗により市場客数は1.5倍に膨んだ。
既存のトップ店舗は新規店舗にシェア逆転されたが、5か月間でトップシェアを奪取している。
新規参入と共にトップシェアを獲得した新店は9か月目で市場五位まで競争力を落としている。
1.5倍に膨らんだ市場は9か月目で60%減少し、以前の客数よりも5%縮小した。

~分析~

新規店のコンセプトは【新台専門低貸専門店】となり、通常貸しのトップ店舗以上に新台を投入し、玉貸しは1/3とリーズナブルな設計。
遊技環境も市場最上位でコア×設備で5億円程度の初期投資。
毎週芸能人などを招致し、地域への認知と来店動機を創出した。
貸玉は通常の低貸店舗より高く設定し、交換率は通常店舗よりも低く設定した。
最新の機械提供と芸能人などのプロモーションコストを考慮すると台当たり集客コストは3,000円程度。
出店コストと店舗運営コストを合わせると台当たり維持コストは1,500円程度。
損益分岐ラインは台当たり4,700円程度。
目標台粗利設定を5,000円とした場合、稼働25,000円とした場合の玉粗利は0.2円程度。
玉粗利0.2円は通常の低玉店舗の値決めの二倍以上。
通常貸しの玉粗利にも近しく、時間粗利は1,000円。※通常の低貸は時間粗利500円程度。
1.25円パチンコ×損益分岐割数125%の組み合わせであれば十分可能なビジネス設計である。

~洞察~

既存パチンコファンにとって≪刺激的だが、対価を強いられる≫ビジネスモデルは受け入れられるのか。
≪射幸心の最大化こそ最強≫、という標準戦略から脱却できるのか。
時間当たり1000円消費のエンターテイメントとして≪新たなリフレッシュ市場開拓≫につながるのか。
ゼロサムのパチンコ市場戦略から≪ゼロイチによるブルーオーシャン戦略≫への礎になるのか。

上記は一つの帳票から紡がれる、観察、分析、洞察です。
皆様はどのように、観察、分析、洞察をされたでしょうか。

~エピローグ~

その熱狂はまるでモンスーンのように各地を襲い、千葉でも三重でも群馬でも、同じく唐突に、静かに去っていきます。
突如として現れ、静かに去っていく顧客グラフを見てわたしは思います。

おまえは誰だ。
おまえは何に熱狂していたのだ。

余暇ビジネスの構造分解

観察、分析、洞察力を高める為には、視野と視座を高めることです。

余暇ビジネスの構造を表にしてみましょう。

パチンコの市場規模(粗利規模)は射幸性を主なニーズとする通常貸しの年間市場規模が2,4兆円です。また時間消費を主なニーズとする低貸の年間市場規模は4,300億円となり、パチンコ全体の市場規模は2,8兆円と推測されます。※売上規模は18兆円
これは温浴の6,000億円、映画鑑賞の2,100億円、ゲームセンターの4,000億円と比較しても大きな市場であることが分かります。

時間消費1,000円の【新台専門低貸専門店】が目指したのは総額2兆円以上の映画、ゲームセンター、コンサート、温浴施設などに代表されるリフレッシュ市場でしょう。
日々蓄積した疲労を休日の2時間の余暇でリフレッシュし、weekdayへのエネルギーを蓄える。その為に必要なことが①情動発散であり、②情動充足です。

① 情動発散(カタルシス)
• 感情のガス抜き:怒り、悲しみ、ストレス、モヤモヤなどを解放する。
• 例:カラオケ、泣ける映画、絶叫マシン、サウナの「ととのい」体験。

② 情動充足(ポジティブな感情の補給)
• 安心感、満足感、幸福感、快楽などのポジティブな感情を得る行為。
• 例:温泉や入浴、美味しい食事、マッサージ、自然とのふれあい。

リフレッシュ市場を開拓はわたしたちの業界に莫大な可能性と利益をもたらします。
しかし【新台低貸専門店】の事例ではそれを成すことは出来ませんでした。
それはリフレッシュ消費に必要な≪情動充足≫が他業者に対して不足しているのでしょう。

ではどうすれば、時間千円の消費を強いながらも、楽しかったね、また来ようね、に繋がるのでしょうか。その方法は視野と視座を高めることにほかなりません。

新台低玉高利益店舗vs既存低玉還元店舗

最新の新台低玉高利益店舗の客数推移を確認しましょう。

新台を先行導入しいち早く競争シェアを上げた6.25円貸し125割分岐店舗に対し、後発の5.6円貸し110割分岐店舗が客シェアで抜きました。更に5円貸し110割分岐店舗が猛追し、新台投資を続ける6.25円貸し125割分岐店舗が競争シェアを落としています。

競争力が逆転した際の機種構成を比較して見ると、機械鮮度については設置機種の資産総額で新台高粗利店舗が3倍程度の魅力を有し、客数もその資産価値に比例して優位性があるのですが、定番機種の客数は圧倒的に110割分岐の店舗が優勢となります。

市場全体は全国トレンド通りに成長しているにも関わらず、なぜ新台低玉高粗利店舗に客が集まらないのか。その理由は≪新台による集客限界≫と≪定番客の離反≫によるものでしよう。

粗利とプロセスと体験価値

分岐割数は重要なのか。
≪射幸心の最大化こそ最強≫、という標準戦略は揺るがないのか。

視野を広げれば、

持ち球を景品交換する顧客にとって分岐割数は関与するが、持ち球交換しない客にとって分岐割数は関与しない。
寧ろ低い交換率は勝ち客の勝ち金額を抑制し、全てのファンへの機械・環境投資に投資が出来る為、70%の負け客の体験価値の向上要因にすらなり得る。

机上ではそのような仮説が成り立ちますが、現実はそうではありません。
どこに顧客との相違があるのでしょうか。

最新のAT機での粗利シミュレーションをかけると低設定で遊技をした場合の粗利負荷は、分岐割数が高い低スロの粗利負荷は標準的な20円スロットの粗利負荷と近いしいものになります。

勿論、投資金額速度においては20円スロットが3倍速いですが、景品交換時のリターンが4倍高いことを踏まえ、わざわざ時間消費が同じ6.25円スロットを選択するユーザーがどれだけいるのか?という問題に直面します。

既存パチンコファンの思考から低交換の新台低貸専門店のビジネスモデルを考察すると、≪新台を打ちたいときに仕方なく行く店≫であり、ホーム店舗にはなりにくいでしょう。

ファン数が少なくなれば、投資量が減り、誰も来なくなる。

飽和した斜陽産業にゼロイチの価値を作りだし、未開拓の巨大市場を狙い撃ちする錬金術とあらたな金脈を見つけたい経営者。それに巻き込まれた一般のパチンコファン。
様々な欲にまみれ、ノイズだらけの狂騒曲を前に、交換率等の議論をすることも無意味のような気もします。

視野を広げることで新たな世界は見えるが、顧客目線の視座が合わなかったために顧客共感をつくれない。そのようなことは往々におこります。

事実わたしの身近には、160割分岐、粗利率45%で毎年増収増益を繰り返し、全国有数の客数を実現しているホールの事例があります。低交換=顧客の離反ではないことは確かです。

正義とは革新的なビジネスモデルではなく、目の前の顧客の真のニーズに適切に応えることであることに疑いの余地はありません。

おまえは誰だ

公園で最も静かな時間は日曜日の朝である。

日曜日の朝は、ラジオ体操に集まる人も、東南アジアの若者も、ダンベルのおっさんもいない。

アジサイの名所として知られる沿道は、6月の初旬にもなると朝早くから多くの写真家とモデルによって撮影会が開かれているが、連日の猛暑と水不足で日焼けが増し、枯れ始めると一気に人気はなくなり、電車の騒音がけたたましいだけの沿道に戻った。

白く長い髭を揺らす太極剣の師範はいつも通り剣と共に舞っているが、取り巻きの白髪の女性陣はいない。

向かいから、ダンゴムシのように背が曲り、ずり落ちた靴下を履いた、中肉の小柄な老人がプルプルと小刻みに痙攣し、這うように歩いている。すれ違いざまに見ると、ずり落ちた靴下のように見えたのはと、両足につけたアンクルウエイトだった。

ふと、真夏のモンスーンにように突然現れ静かに去っていった低貸ファンの活性と衰退のグラフが脳裏に湧き上がる。

おまえは誰だ。
おまえは何に熱狂していたのだ。

誰だの正体は、≪錬金術に群がる人々≫と熱狂していたのは≪新たな金脈≫ではなかったのか。

ダンゴムシのように背が曲がった老人が、痙攣する足を引きずりながら私に問いかける。

おまえは誰だ。
おまえはなにに熱狂しているのだ。

言うまでもない・・・
ここに集うものはファイターであり、熱狂しているのは一歩先の未来だ。

この記事を書いた人

ノンブル・マーケティング代表
  斎藤 晃一  Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する