マダラにミダラな射幸心 -実践主義マーケターからの提言-

厳寒の冬、かじかむ手で5本の釣り針がついた長い仕掛けを絡まないように船べりに並べ、隣の人と交錯しないように秩序をもって船長の合図とともに200メートル下の海底めがけて一気に釣り糸を沈めこむ。

こまめに底立ちをとり、海底近くに餌を漂わせれば、やがてゆっくりと大きな手ごたえのあたりがくる。竿を立て、追い喰いを期待しながらリールを巻き上げるが獲物は釣られまいと抵抗し、やがて観念したかのような潮に身を委ねる。

早く釣り上げたい衝動を抑えつつも、相手の抵抗をいなし確実に釣り上げたい釣り人と、おのれの運命から懸命に逃れようと抵抗するサカナが、一本の細い糸を通じて命の駆け引きする様は、【釣りは悪魔の趣味】と呼ばれる理由を鮮明に表している。

「危い関係の運命の人」と表現するとエロティックだ。ゆえに現代の釣りはライトタックルといって、より細い糸とより軽装備で大物を狙う、という感情のレバレッジを効かせた釣りが流行っている。

運命に抗おうとする獲物の抵抗をいなしつつ、海底200メートルから待望のマダラを釣り上げた感動を残そうと携帯を取り出すやいなや罵倒が聞こえる。
「おいそこ!さっさと次の準備をしろ!!」。船上では神と同等の権限を持つ船長が声を荒げている。
慌てて釣り針からタラを外し、絡まった長い仕掛けを手繰り寄せて針を並べ、投入の合図に遅れることなく海底に仕掛けを沈める。すると相乗りの船員が船上で跳ねていたタラを掴み、クーラーにしまっておけと言わんばかりに私に差し出し、それをしまう。

船をマダラのポイントに操縦し、ひと段落した船長から「仕掛け入れられてよかったな」と声をかけられ、安堵の笑みを返すと「引いてるぞ、ゆっくり引き上げろ!」とまたどやしつけられる。
釣り上げても携帯での記念撮影より、大切なことは次の漁に備えることだと学んだ私はマダラをクーラーボックスにしまい、かじかんだ手で船べりに釣り針を並べる。

船長はなぜ罵声をあげるのか

この話は、古くからの仲間と顔を合わせれば話題に上がる実話です。実際に遊漁船には「ツン多めデレ極少」の船長が多く、普段叱られることの少ないポジション(マネージャー、コンサルタント、経営者など)に従事する人間にとって、非常に新鮮で重要な体験になります。

目的も意味も理解できないまま、今の行動を否定され行動を指示される。
プロセスなどお構いなしに、ひたすらに成果を求める。
写真の中の思い出ではなく、船の釣果をWEBページに掲載することを重視する。
ファンサービスはもてなすことではなく、獲らせることである。

顧客ロイヤルティ協会が定める顧客満足追及(CS)の基本では「を」ではなく「が」です。
顧客「を」満足させるためにどうするか?ではなく、顧客「が」満足するにはどのようなサービスをするかを大切にします。
顧客「を」満足させる活動は、型を作りやすいが押しつけにもなりやすい側面もありますが、顧客「が」満足することを追求すれば、サービスの多様性やマニュアルを逸脱した個別対応が必要になるケースもあり、顧客に対するあり方や企業理念の浸透が不可欠です。

多くの遊漁船では、釣果を上げることによって顧客「を」満足させることを目的としているのではないでしょうか。顧客は【貴重な時間・お金と引き換えに釣果を期待している】という考え方は至極まともな考えです。

その想いが強いほどに、サカナと写真を撮ることよりも次の釣果につながる行動を指示する。愛想笑いでチャンスを逃すのであればリールを巻けと大声を出す。
大海原で命と釣果を任されているからこそ、行動の劣後順位(不必要なこと)、優先順位(やるべきこと)が常に明確になり「ツン多めデレ極少」の船長が多いと考察しています。

突然、船長の声が耳鳴りのように響き渡ります。
いいか、お前はツンデレ船長などと揶揄するが、デレとは迷いだ。デレデレ船長(迷ってばかりいる)の船など顧客のハートはつかめる訳がないだろ。さあ、仕掛けを落とせ。

遊漁船のイノベーションは出来るのか

釣り人のコアサービスを「釣果」ではなく、「非日常の体験」と定義すれば釣果数以上に『映えるポーズ指導』や『釣った魚の血抜きと神経締め』、船上での『刺身の活造り』などが目的になります。
釣果をコアサービスと定める遊漁船が多い中で、非日常体験をコアサービスとポジションをとることによりブルーオーシャンを突き進む繁盛船になるのでしょうか。売り上げの方程式を使用して試算してみましょう。

売上の定義は客数×客単価。分解すれば客数=(新規-離反)となり、客単価=(購入単価×点数×頻度)となります。

釣果を目的とした漁船の殆どはヘビーユーザーで構成されています。ヘビーユーザーとは月に数回以上乗る乗船する常連であり、1回の乗船料が一万円とすると月に数万~数十万円売上貢献してくれるファンになります。
非日常を目的とした漁船のターゲットは映える体験回数が目的であり、繰り返しの乗船は期待できません。四半期の一度がいいところで、新鮮さがなければ再来店は期待できないでしょう。乗船頻度が上がらない以上、常に新規顧客を開拓し続ける必要となります。
一般的な漁船はヘビーとライトユーザー合わせて300名程度のアクティブユーザーで経営は成立しますが、体験型漁船は年間2000名のアクティブユーザーを毎年開拓しなければならないハードルがあります。

やはり、遊漁船は「釣果」を目指し、特別な体験は都会の釣り船居酒屋が望ましいということになるのでしょうか。

体験型パチンコ店は成立するのか

レジャー白書によるパチンコの最新のファン人口は720万人となります。そのうちパチンコの最新台を好む客数は推定210万人(PS客数比率とイノベーター理論の初期購買層比率を参照)となります。

今冬の話題の中心だったPゴジエヴァの初月の興行成績は140億円、動員人数800万人。リピート客を除くユニーク客数は推計480万人となり、理論値をかなり超えるファンがゴジエヴァに触れたことになります。

ゴジエヴァ商戦で『エヴァ未来への咆哮』や『リゼロ鬼がかり』の主力機種が全く減少しなかったこともライトユーザーの活性を証明しているのではないでしょうか。
現在のパチンコは自分の好きな台を追求するヘビーユーザーと、話題のコンテンツでエモい体験を求めるライトユーザーの二つの大きな潮流に分かれています。
 
このヘビーユーザーとライトユーザーは遊漁船の事例と同様に求めるものが大きく異なります。
ヘビー顧客は多くの時間をパチンコに費やしますので知識も経験値も豊富です。多少難しい言葉やスペックでも理解し、独力で楽しみを見つけられます。フリンジ品質よりもコア品質を重視し、成功体験と記録更新へチャレンジを続けます。

一方、ライトユーザーは簡単に分かる言葉での説明と、数ある商品の中から優れた逸品を薦めてほしいと思っています。一円でも安く購入するよりも失敗せずにより良いものを買いたいと考えています。
※それぞれの特性を以下に表でまとめます。

しかし実際にはパチンコ店の取り組みは万人に向けたものが多く、中途半端に見え、万人をターゲットにするがゆえに誰にも刺さらないように思えてなりません。パチンコファン人口は船釣りファン人口の10倍以上です。遊漁船ではヘビーユーザーに絞り釣果をコアサービスにせざるをえない理由がありましたが、パチンコ店においては業界規模の大きさから、ライトユーザーに照準を絞ったビジネスモデルは可能でしょう。
目的を勝率から体験価値に置き替えれば、提供するサービスは根本から変わります。スマスロ・スマパチ専門店構築の需要なファクターだと考えています。

マダラにミダラな射幸心

下船して帰宅の準備をしているところに、どやしの達人の船長がクーラーボックスのマダラをのぞき込み、船上では決して見せない笑顔で口を開きました。
「立派なサイズだな。あとは家に帰ってからのお楽しみだ。この時期の白子は美味いぞ。腹からパンパンに零れ落ちるからな」

厳寒期でしか味わうことができない、臭みのない濃厚でまったりととろける生白子は人の脳を確実にダメにします。濃厚な旨味に合わせるのは端麗辛口の新潟の酒でしょう。

生でやり、白焼きでやり、鍋でやり、雑炊でしめる。厳寒期のマダラのフルコースという淫らな欲望が脳を支配します。メスのタラコも旨いのですが、厳寒期はやっぱりオスの白子に勝るものはありません。

帰宅してキッチンに立ち、息を整えマダラに向き合います。

さあ、オスかメスか?確変かノーマルか?
確率50%のまさしく牙狼。

魔界竜を牙狼剣で切り裂くように、マダラの腹に出刃包丁をあてた瞬間にこぼれ出る白子。その瞬間に頭の中に鳴り響くのはアアアーーア―アーアーアーアー――――という欲望の賛美歌。

痛風確定。

この記事を書いた人

ノンブル・マーケティング代表
  斎藤 晃一  Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する