時代に即した戦略のアップデート -実践主義マーケターからの提言-

巣鴨のマルジ

「おばあちゃんの原宿」として親しまれている巣鴨地蔵通りは、おばあちゃんでなくとも楽しいもの。散歩に行くと、たまに女子アナとスイーツを分け合うこともあります。
女子アナとは情報番組とくダネ!の平野早苗レポーターであり、食するのは巣鴨の老舗和菓子店「みずの」の塩大福というのが実に巣鴨らしい。
※大福を喰いながら散歩をする食いしん坊おじさんへの取材でしたが

そんな商店街を奥に進むと「マルジ」という衣料品店があり、ここ最近足を運ぶことが増えています。店頭には「日本一の赤パンツ」とパンチラインが堂々と掲げられており、売り物はすべて赤。

カズレーサーは常連ではないらしいが、千原ジュニアは縁起物として常にマルジの赤パンツを履いている、という情報が数年前に広がりました。

わたしの購入目的は自身のパンツではなく、還暦のプレゼントです。気がつけば、周りのイケオジパチンコ店オーナーが次々に60歳を超えることに驚くのと同時に、ここぞとばかりにシニアの象徴らしいものを贈答し、気持ちと身体のギャップに気づいて頂こうという算段をするのですが、どうも赤のパワーを身にまとい益々精力的に活躍する姿を見ると、頼もしいと同時にそろそろ事業継承を……という老婆心を抱いてしまいます。

「勝ち方」はドラスティックに変わる

事業継承を、現オーナーから息子へという以外にも、名物店長から新店長へ、企業M&Aなど一時代が終わり、新しい時代が始まると定義するならば、今がまさに事業継承の旬に相応しいと考えています。

コロナ過による廃業、閉店。パチスロ専門店の躍進と衰退。パチンコバブルと崩壊。コロナ過回復とパチスロの再躍進。パチンコ業界は危機的な状況から紆余曲折ありながらもコロナ過以降で最高業績の夏を過ごすことができました。

しかしこの回復基調も来年後半から衰退トレンドへ変化し、五年内にはコロナ過の実績を下回る体験したことのない縮小期へ突入することが予測されています。
誤解のないように記しておきますが、粗利規模の衰退は経営の衰退と同じではありません。ただし粗利の減少が避けられない中、経営手法のアップデートをしなければ経営の衰退は避けられないことは言うまでもありません。

事業への思いは同じでも、今までの勝ち方とこれからの勝ち方が異なることは明白だからです。

パチンコ屋のゲーム理論

パチンコ屋の勝ち戦の基本になるのが店舗ポジションを活かしたコア(機械と出玉)の優位性で相手を追い詰めていくパワー営業です。このパワー営業にも歴史があります。

① むやみに投資をしても勝てた時代
② 効果的な投資を選択できると勝てた時代
③ 効果的な投資と適量を見極めると勝てた時代
④ ③に加えて相手の兵站を断つ投資を併用することで勝てる時代

現代の戦いはステージ④です。そのために商圏情報、マーケットサイズ、トレンド、客数情報、粗利構造、経営資源などを複合的に分析し、判断して戦略及び計画を策定する時代です。

戦いを有利に進めるためには、弱者の陽動戦にのらず、弱者を自らの優位な市場へ誘導しながら、相手の魅力を陳腐化するというのが強者の基本戦略です。
例えば、大手ホールコンメーカーのセミナーは学びに行くと同時に、弱者がどのような情報を仕入れ、思考を持ち、戦略策定するかという情報を仕入れる場として活用します。事前に相手の手の内が分かれば、相手の戦略を陳腐化させることは容易です。目的もなくセミナーに参加し実践するなど、強者のかけた網の中に自ら飛び込むような愚策だとも言えるのではないでしょうか。

次のトレンドはこうです。
次の新台○○は設置台数の何%買ってください。
このような戦略概要が見えれば、それをうまくいかせないために、台数の優位性をとり、投入台数を【適度に飽和】させ、集客営業をかけて相手の思惑を打ち砕く。
相手の起死回生を狙った一撃を、一瞬で致命傷に変えてしまう。

セミナーで進められた機械台○○の戦略は強者と弱者の象徴としての産業廃棄物と化し、経営を圧迫し、既存客(常連)から負債を回収し、大切な顧客が離反し、強者の常連になる。
これらは偶然の産物ではなく、意図的に仕組まれた必然なのです。

必然を作りだす、ゲーム理論とナッシュ均衡

時代の変化とライバルの変化により、撤退を余儀なくされることはあります。撤退を狭義でとらえれば衰退ですが、広義でみれば企業の成長のための戦略的撤退であることが多いと思います。所謂、経営資源の選択と集中ですね。
淘汰は撤退とは少し異なります。撤退が計画的であるのに対し、営業の意思があるにも関わらず、退かざる負えない状況に追い込まれる。この状況を淘汰と定義し、淘汰のほとんどが必然であったと思っています。

市場淘汰の大きな要因として、機械台に命運をかける博打のような投資があげられます。
起死回生の一撃が致命傷にかわり店が傾く。業界ではよくある話です。

そのイチかバチか思考の根幹になっているのが、成長期におけるナッシュ均衡による競争ではないでしょうか。ナッシュ均衡とはゲーム理論で語られる、相手の意思決定に自らの戦略を同質化させる性質があります。
相手が最新機種○○をエリア最大台数で攻めた場合、自社業績が低迷する可能性がある。ならば相手に出し抜かせないために相手の戦略にミートする。相手が台数を増やせば、自店も台数を増やし、同じ状況に留まることで競争力の均衡をとることをナッシュ均衡と呼びます。

それでもナッシュ均衡を崩し、競争優位性を獲るためにはチキンレースか、オークション形式をとることになります。チキンレースは導入台を青天井で釣り上げる。オークション形式はライバルが手の出せない超高額物件でも導入するということになるでしょうか。

パチンコ屋古来の業績向上の奥義K,K,D(経験、勘、度胸)はナッシュ均衡を打ち破るに相応しいスキルだということになります。

ナッシュ均衡による停滞を打開するために

ナッシュ均衡による停滞、および強者のナッシュ均衡KKD破りに成す術はないのか。
巣鴨マルジの二代目社長は過熱する婦人衣料品の質と価格の競争に対して、世界初の赤パンツ専門店という差別化で打って出ます。

赤パンツ専門と尖ることによって相手がミートできない領域へ競争のポジションを変え、質と価格のレッドオーシャンから脱却をします。加えて【幸福を売る店】という理念を大きく推し進め、巣鴨地蔵通り商店街(通称おばあちゃんの原宿)の衣料品店から商店街を代表する名物店舗へ飛躍します。

パチンコ業界では勝負を目的とした4円パチンコから時間消費ニーズを満たすために生まれた1円パチンコなどがナッシュ均衡を打ち破るイノベーションと言えるでしょう。近年では進化する射幸心に対して10円パチスロというカテゴリが受け皿として成長し続けています。真新しいものではありませんが、ポジショニングを代えることにより新たなる強者の選択肢が増えることは喜ばしいことです。

進化したK,K,D野郎

相手の戦略・戦術にミートし、ライバルに出し抜かせないことにより、均衡をはかるナッシュ均衡がパチンコ戦略のベースです。そのナッシュ均衡を意図的に破壊し、チキンレースに誘い込み、窮地に追い込むKKD野郎が競争力を高めてきました。そのKKD野郎は時を経て、KKD(経験、勘、度胸)からデータドリブン(多角的な分析による意思決定)へやり方を変え、紳士的かつ計画的に相手を窮地へ追い込む。というように進化を続けています。
注意すべきは衰退期におけるナッシュ均衡破りは、相手を窮地に追い込むと同時に、自らも窮地に追い込む可能性がある点です。成長期は意図的な過剰供給もファン成長で補えたのに対して、衰退期の過剰供給はただ売れ残りが増え、過剰投資分の減収が発生するリスクが増加します。『ガンダムSEED』は適正導入ならば長期的な貢献が期待できますが、ナッシュ均衡による供給過多になった地区については著しく稼働減少が発生していることでしょう。

ゲーム理論の中で、相手の意思決定を中心に最大リスクの軽減を目的にするナッシュ均衡とは別に、全体の利益の最大化を目的として合理的な選択をするパレート最適という考え方があります。

出し抜き合戦、キツネとタヌキの化かしあいがデフォルトのパチンコ業界で全体最適のパレート最適の考えが通用するのか?(笑)という皆さんの疑問はさておき、衰退産業におけるナッシュ均衡は経営圧迫と淘汰を加速させるリスクも伴うため、考える必要はあるでしょう。

パレート最適=全体の利益を最大化する合理的な選択。
このキーワードに対して不明瞭なことは【全体の利益】、すなわち【需要推測】です。この【需要が不明瞭】な状況下では合理的な選択などはできません。

成長期は需要が拡大していくため、需要予測<実際の需要となることが多く需要予測精度が経営期ダメージを与えることは少なかったと思います。実際に2021年期を思い返せば、韋駄天、牙狼月虹、ガンダムユニコーン、バカボン、エヴァ咆哮、リゼロ鬼などパチンコ成長期(6号機問題によるパチスロ客流入)における中古価格の高騰は、需要予測の精度が低いと言えますし、6.5号機以降(パチスロ回帰)のカバネリ、鬼武者、沖ドキゴールド、スマスロ北斗なども需要予測の精度に課題を残すと言えるでしょう。

昨年夏に発行した弊社のマーケティングレポートにおいてシミュレートしたパチンコバブルの中身と崩壊、パチスロの性能回復による成長余地を金額ベースで示した表です。

スマスロ北斗がない・・・等の精度はあれですが、メインATとして番長・絆の潜在需要、年間1400億円に対して二機種で3万台=6万台の需要が期待できると捉えれば見当はずれな数値ではありません。
ミリオンゴッドの潜在需要年間1100億円はスマスロMAXタイプで代替され、沖ドキゴールドにより沖ドキ市場は回復しました。このような需要予測の元、的確に投資をした店舗は月粗利が倍、パチスロ月粗利5千万以上の店は数多くあります。

素晴らしいのは、未来予測の精度を見極める力。その未来予測に対しての方針転向と戦略、予算の再編成力。そしてやりきる実行力。結果を出すのは企業と人間力で【予測】などは使われなければ価値はありません。

パレート最適は需要予測がなければ成立しない

衰退期におけるナッシュ均衡で気をつけなければならないのはパチンコへ流出した新奇性(新台)に反応する顧客のパチスロ回帰です。
上記表では年間2700億円の需要がパチンコへ流出していると示しています。年間2700億円という粗利を台粗利1.5万円で分解すると、月に5万台近くの新奇性の需要が高まることが計算できます。従来の機械台需要の1.5倍程度の販売台数が通用した理由がそこにあります。裏を返せば、パチスロ回帰とパチンコバブル崩壊後の需要を把握しているか?が大切であることは言うまでもありません。

成長 (回復) 市場であるパチスロはパチンコ屋のナッシュ均衡、相手がその気ならうちはこうだ!!という感情論でもいいのかもしれません。
しかし衰退市場であるパチンコは現状の需要、自店の商圏影響力、商圏全体への供給台数を考慮したうえで合理的な適正台数を算出するロジックを持つことです。

商圏適正台数17台のマーケットにライバルが30台投入しても自店適正台数9台で貫ける、根拠に裏打ちされた意思決定の仕組みを持つことです。

昭和のKKDに対抗し、生産性を上げる令和の戦略モデルをアップデートすることです。

さぁ、赤パンツも令和の時代へアップデートだ!!

この記事を書いた人

ノンブル・マーケティング代表
  斎藤 晃一  Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する