追悼 夏まゆみ -実践主義マーケターからの提言-

自由とはなにか。

わたしは生涯で一度だけ【夜逃げ】をしたことがあります

今から30年前、アーティスト時代に所属していた事務所社長宅に明日一人で来いと呼
ばれました。社長は聡明な頭脳を持つ初老の紳士で、会社経営をする傍ら、男性タレントをマネジメントし芸能デビューさせることを生業としていました。

行きつけのスナックで俳優希望ある男子をステージに上げてカラオケを歌わせ、髪の毛からつま先まで品評することがライフワークだった社長は、お気に入りの俳優の卵をみつけると「君はハナがあるね、今度美味しいものでも食べにいこうよ」という言葉をかけるのです。これは事務所に所属させるという採用通知でもあるのです。

一方、私にかける言葉は「君は目力が弱いね」「もっとハナをつけなさい」そして冷やかしのように讃頌した彼の歌の後に「一曲歌ってみるか?」というのです。
スターへのチケットを手に入れた彼への嫉妬。目力ってなんだ?ハナってなんだ?もっと具体的に言えよ。様々な感情がスナックのステージで高ぶり、音程が外れ、一瞬蔑む視線が向けられる。これでは見世物だ。

世の中には瞼に二重と一重があるということ。ブルべ、イエベなどと肌に似合う配色があること。それらを組み合わせながら個性的な魅力を作り上げること。
それらを年下のマネージャー、エンちゃんに教えてもらいながら試行錯誤を重ね、地元に帰れば「お前、あか抜けたな」という言葉が聞こえるようになった頃に、スターの入り口への招待状「君もさ、たまには美味しいモノを食べようよ。明日の夜、わたしの家で待ってる」が届くことになります。

美味しいモノとは食べ物なのか、酒なのか、それともなのかは誰も分かりません。その話を誰も語る人はいませんでしたし、尋ねる人もいませんでした。そして、スターダムにのし上がる人もいれば、万年脇役で終わる人、ハナがあるのに花が咲かない人もいてもそれは才能という言葉で片付くのがプロという世界だと言い聞かせていました。

「美味しいご飯を一緒に食べよう」

わたしは、その日のうちに車に機材と僅かな荷物を積み込み、バンドメンバーと関係者に対して道半ばにして去る申し訳なさと想いを手紙にしたため、真夜中の環八を南から北に走らせました。

車を走らせながらこれは自由への疾走だと言い聞かせるも、輝かしく掴み切れない夢からの逃走であり、果たせない責任からの逃走、重圧からの逃走であったことは、はたから見れば明らかだったのかもしれません。

結果、10年以上にわたり音楽を避け続け、無音の車でドライブし、映画を避け、テレビを避け、活字だけを活力として過ごした時間を自由と定義したら鼻で笑われることでしょう。

Responsibility

自由とは責任ある選択である

ドラッカーは【自由】をこのように定義しています。自由とは誰かから与えられる権利ではなく、様々な葛藤の末に自ら選択し勝ち取るものである。

自らの未来に対してすべきことは何か?選べる人には未来は開ける。それは意志の強さでもあるし、責任ある決断を下せる人として外部の信頼を得て、機会(チャンス)を与えられることにもつながる。
そして選べない人は、常に葛藤に苦しみ、一度責任ある選択をしたら引き下がれないと無意識に選択することを避けてしまう。しかし、そうこうしているうちに機会(チャンス)は別の人のもとにいき、決断を下さいないまま他人の決めたレールの上で選択から逃げ続けることになる。

夏まゆみという振付師がいます。モーニング娘。やAKB48の振付師、そして育ての親として名声を得ましたが、残念なことにガンを患い、闘病の末に亡くなられました。しかし、彼女が残した強烈なメッセージは、様々な人に強烈なかがやきを保ったまま引き継がれています。

今から15年前、AKB48劇場でのデビューを控えた柏木由紀ら「チームB」の面々は、練習を終えると、夏まゆみさんは一同にステージから降りるように言い、ステージに向かって一列になった「チームB」に、こんな問いかけをしたそうです。
「明日から、AKB48のメンバーになる覚悟がある人だけ、ステージに上がりなさい」
そしてメンバーたちは恐る恐る、1段上にあるステージに足を乗せ、夏さんは続けました。
「このたった数十cmが、みんなと一般の人の差なんだよ」

責任ある選択の先にある自由。

君たちは大人の商売道具でもなければ、操り人形で見ない。責任をもって進んだ一歩を誇りに堂々と顧客たちと向き合いなさい。そして自分を自由に表現しなさい。今の私にはそのように聞こえます。

 

責任という言葉は英語ではResponsibilityと表現されます。そしてResponsibilityはResponse(反応する・応える)とAbility(手腕・能力)が合わさった言葉です。

夏まゆみさんはデビュー前のAKB48の合宿、心身ともに疲れ、追い込まれ、すすり泣くメンバーを前に言い放ちます。

「皆が頑張っている世界だから、同じだけ頑張ったってダメなんだ。甘い。君たちは芽が出ているかも分からない。ちゃんとしたスタッフがいて、一流のスタッフがモノ作りをしていて、食べるものもちゃんとあって、君たちはそれをなにで返さなきゃいけないかというと最高のステージに立つことなの。最高のステージに立つということは、死ぬ気で練習をしなければいけない。今まで甘すぎたよ。もし自分で夢を持って適えたいなら叶えるのは私たちじゃない。スタッフじゃない。自分自身だ」

もちろん、厳しい言葉の裏側に溢れているのは、君たちは人の期待に応える能力がある。だから自分で叶えろ。それが責任だ。
デビュー当日、円陣を組むメンバーの中心で夏まゆみさんは言います。

「番号(立ち位置)を間違えても、振り付けを間違えても関係ない。思い切ってやりなさい。いままでやってきたことを、自分自身をおもいきって出しなさい」

センターの資質とは

最後に夏まゆみさんが数あるメンバーの中で最も印象的であった二人について語っています。

まずは、AKB48の初代センター前田敦子さんについて。

「周りの出来に対して気にするそぶりもなく、貧欲に振り付けを覚えてやろうと鬼気迫る雰囲気で練習に挑む。自分自身の世界に没頭していく。その集中力をみてこの子はこの世界で生きていけることを確信した。」

そして、モーニング娘。の絶対的エース後藤真希さんについて。

「彼女の場合はとにかく一人だけオーディションの時からずば抜けていた。彼女の場合は原石ですらなかった。10代中ごろとは思えない容姿はもちろんですが、絶対に成功してやる! というハングリーさ、精神的なタフさ、土壇場での集中力。後から入ってきたメンバーって、それまでの曲も全て短期間で覚えないといけないんですけど、後藤はすぐに覚えてしまった」

夏まゆみさんは言う。
「絶対合格したいです!!」って声高に主張している子に限ってすぐ辞めますね(笑)

パチンコ業界もいよいよ強者と強者が鎬を削る時代へ突入しつつあるように思います。
その世界で必要とされるResponsibilityとはなにか。
顧客の欲求へのResponse(反応する・応える)とAbility(手腕・能力)とはなにか。

花の慶次を買い、ガンダムシードを買い、エヴァを増台するホールがより強くなるのはなぜなのか。ドラッカーや、夏まゆみさんの残した教えの中に、見直してみることで私たちのすべき仕事とは何なのかが見えてくるのではないでしょうか。

斜陽産業から、あるいは業績衰退から逃げずに一歩を踏み出す勇気を与えてくれる、夏まゆみさんに心から感謝し、追悼の意をささげたいと思います。

この記事を書いた人

ノンブル・マーケティング代表
  斎藤 晃一  Koichi Saito
大手ホール企業で培った分析・マーケティング力を武器に、出店や既存店強化などを支援する